中島敦:名人伝とライフハック

青空文庫

最近、思い立って青空文庫を読み始めました。
著作権切れの作品といっても、いろいろな分野の作品があるものですね。楽天が利用するくらい膨大な量があるものですから、手当り次第に読んでいけるわけではなく、知っている本の読み返しが主になります。
その一つに、中島敦の「名人伝」があります。

名人伝

名人伝のあらすじはこうです。

主人公紀昌は、弓の道をきわめようとします。飛衛を師匠として弟子入りしようとしますが、飛衛は技を授ける前に紀昌に訓練を課します。見事に訓練を終えた紀昌は、飛衛の教えをうけて飛衛に勝るとも劣らない力をつけます。紀昌はさらに甘蠅という老人に弟子入りする…

さらにこの後、その甘蠅老師のいう「不射の射」と、その技を授けられた紀昌が町に帰ってからのエピソードと続きます。
サイヤ人がスーパーサイヤ人になる、といった単純ななりゆきではない、老荘思想的なこの結末のエピソードもなかなか意味深くて好きなのですが、今回思い当たったのは、紀昌が最初の師匠である飛衛から言いつかった訓練のことです。

紀昌の訓練

紀昌の最初の訓練はこうです。

まず瞬き(またたき)せざることを学べ

そこで、紀昌は奥さんの機織り機の下に潜り込んで、機織り機が目の前を行き来する状態で目を閉じないように修行します。
それが終わった後の次の修行はこうです。

次には、視ることをことを学べ。視ることに熟して、さて、小を視ること大のごとく、微を視ること著のごとくなったならば、来たって我に告げるがよい

そして、虱を髪の毛で窓からぶら下げて、日がな一日睨んでいたというのです。

ライフハック的解釈をすると…

この話の中で、訓練として出てくるのは、この2つの訓練の様子のみです。
説話としては白髪三千丈的な戯画的な訓練と成長の様子が楽しいわけですが、ライフハック的にみても、含蓄が深いのではないかと気づきました。

まず「視る」ことを徹底的に極めさせていること。

「瞬きせざること」「視ることに熟」すことも、いずれも視ることに関するものです。弓を射るのに、筋トレでもなく、座禅でもなく、「視る」ことを徹底的に仕込んでいます。

その視ることのうちでも「瞬きせざること」つまり、目を閉じて的を見逃してしまうことがないようにすることを訓練させられます。これはつまり、対象とする課題の全てを逃さずにみることに通じます。そして次に小さなものも大きく視ることができるようにすること、すなわち、小さな問題も見逃さないようにする眼を持つことです。

的をのがさず捉えられるようになれば、弓を命中させることなどたやすいこと。師匠飛衛のそんな声が聞こえてくるようですが、ライフハックにおいてもまさにこの考えは通じるのではないでしょうか。

まず、問題が何かを明確に捉えること、もしくは定義すること。これなくしては、どんな努力も無駄になるのですから。

久しぶりの文学書の読書でしたが、思わぬところで深い教訓を得ることができました。

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